次の書面を裁判所に提出いたしました。
第四準備書面
平成24年(ワ)第6690号 執行判決請求事件 原 告 夏 淑 琴 被 告 株式会社展転社 外1名 平成25年5月10日
東京地方裁判所民事第25部乙1A係 御中 被告ら訴訟代理人
弁護士 高池勝彦 弁護士 荒木田修 弁護士 尾崎幸廣 弁護士 勝俣幸洋 弁護士 田中禎人 弁護士 山口達視 弁護士 辻 美紀 1 「外国裁判所」について ? 法の解釈適用にあたり、日本国憲法が保障している権利を侵害してはならないことは当然であるところ、民訴法118条は、憲法32条で保障されている裁判を受ける権利を侵害しうるものであるから、民訴法118条の解釈適用は厳格になされなくてはならないことは、被告第二準備書面で述べたとおりである。 民訴法118条における「外国裁判所」の解釈において、諸外国には様々な法制度があり、いかなる機関を裁判機関と呼ぶかは各国に委ねられているのであるから、各国が当該機関をどのように位置づけているかは問題ではなく、重要なことは、当該外国機関の判断が我が国の裁判所の判断に比肩するものか否かであり、我が国との同質性を実質的に判断すべきである(乙第8号証(神前禎他『国際私法(第3版)』有斐閣)287頁から288頁)。したがって、原告の中華人民共和国憲法第123条に「人民法院は、国家の裁判機関である。」と規定しているからというだけで、当然、我が国の民訴法118条にいう「外国裁判所」にあたるわけではない。 そして、中華人民共和国において、裁判官の独立が保障されていないことは被告第二準備書面のとおりであり(乙第1号証の1ないし4)、中華人民共和国人民法院における判断が我が国の裁判所の判断に比肩するものとはいえないのであるから、中華人民共和国人民法院は民訴法118条の「外国裁判所」とはいえない。 ? なお、原告は、本件外国判決が法に則って判断されている旨主張するが、中華人民共和国においては、被告第二準備書面で述べたとおり、そもそも制度として裁判官の独立が認められていない以上、裁判の公正さに対して常に疑問が生じているのであるから、個別事件における正当性を問題にするまでもない。 ? また、原告は、執筆者東中野修道の「『南京虐殺』の徹底検証」と題する書籍に関する名誉棄損の判決が確定していることをもって、本件外国判決が法に則り、正当な判断基準に基づいて判断されていた旨主張するが、本件で問題とされている被告松村俊夫の著作「『南京虐殺』への大疑問」(以下「本件著作」という)とは著作物どころか執筆者も異なるのであるから、本件外国判決の正当性とは全く無関係であり、かかる原告の主張は失当である。 2 「確定判決」について ? 執行申立期間について ア 原告は、本件外国判決について執行申立期間が経過しているとの被告らの主張に対し、本件外国判決の既判力の基準時以後に生じた請求権の変更に関する事由であり、主張自体失当である旨主張する。 しかし、執行申立期間の経過は、本件外国判決にかかる執行の有効性(または本件外国判決の強制執行力の存否)の問題であり、請求権の変更の問題ではない。よって、むしろ、原告の主張こそ失当である。 イ また、原告は、民訴法118条の要件を判断するにつき、本件外国判決の強制執行力の有無を問題とすべきでない旨主張する。 しかし、外国判決を承認するためには、当該外国判決が当該国の法に照らして有効であることを前提とすることは当然であり、したがって、我が国の裁判所は当該外国判決の有効無効を判断する権限を有する(東京地判昭和35年7月21日、下民11巻7号1535頁)とされており、原告の主張は失当である。 本件外国判決は平成19年6月29日に確定したところ、本件訴訟が提起されたのは平成24年3月であるから、中華人民共和国における執行申立期間をはるかに経過しており、本件外国判決は、中華人民共和国において執行力が失われた無効な判決である。 よって、本件外国判決は、民訴法118条の「確定判決」とはいえない。 ? 訴訟時効について 原告は、訴訟時効の経過と確定判決であるかは無関係である旨主張する。 しかし、執行判決訴訟が提起される事件においては、そもそも債務名義自体の完成がなく、請求異議訴訟を起こそうとしても起こしえない状況にあるため、執行判決訴訟内で請求異議事由を主張する必要があり、また、執行判決請求訴訟とは、我が国においては当然には執行力の承認されない外国判決について、その現在の執行力の有無を確認して執行力を付与する訴訟手続であることから、執行判決訴訟においては、請求異議訴訟において提出できる事由を主張できると解することが、執行判決訴訟本来の役割に沿うものである(甲第9号証261頁、乙第9号証(浦野雄幸編『基本法コンメンタール第六版/民事執行法』)85頁)。 したがって、原告の上記主張は失当である。 3 管轄について ? 本件外国判決は、原告が本件著作により原告の名誉が毀損されたとして損害賠償を請求した事件である。原告は、原告の精神的苦痛という結果の発生は中華人民共和国内で発生しており、被告らは、原告が同国に居住するものであることを知っていたのであるから、同国内における結果の発生は容易に予測しえたとして、中華人民共和国内に本件外国判決の土地管轄が認められる旨主張する。 ? しかし、そもそも、名誉毀損における名誉とは外部的名誉のことであり、したがって、名誉毀損行為による結果とは、他人の社会的評価が低下したことである。そして、ここにいう「社会」とは対象者が生活を営む社会であり、本件においては、原告が居住する中華人民共和国でなければならない。もし、そうでないとすると、「評価」に「社会的」という限定をつける意味が全くなくなることになる。 そこで、本件原告が、中華人民共和国国内において、社会的評価が低下したといえるか否かを検討する。 なお、上記検討は本件外国判決の管轄が中華人民共和国にあるのかの判断に必要であるから、実質的再審の禁止には反しない。 ? 本件著作は、日本国内でのみ発行されており、中華人民共和国内では発行されていない。したがって、同国内で原告に対する他人の社会的評価が低下する可能性すらなく、よって、同国が名誉毀損による結果発生地にはならない。したがって、同国に土地管轄は認められない。 ? もっとも、原告は、中華人民共和国内で発行されている「人民日報」等の新聞記事で本件著作の内容について知った旨述べており、上記新聞で報道されたことをもって、原告の同国内における社会的評価が低下したと主張するかもしれない。 しかし、上記新聞がどのような内容であったのかは不明であるが、仮に、上記新聞記事によって原告に対する他人の社会的評価が低下したとすれば、原告の名誉を毀損したのは当該新聞記事である。すなわち、名誉毀損に基づく損害賠償請求の被告たり得る者(債務者)は、そもそも、本件被告松村ないし被告展転社ではない。なお、執行判決請求事件において義務者が異なるとの主張を主張しうることは、上記第2項?のとおりである。 また、仮に、原告が、中華人民共和国内で発行された本件著作に関する海賊版によって、同国内において原告に対する他人の社会的評価が低下したと主張する場合であっても、被告らは、同国内で本件著書が中国語訳された海賊版が出版されていることを知らなかったのであり、原告が同国内で名誉毀損されるにつき予見可能性はなかった。よって、本件においては「特段の事情」があり、中華人民共和国を不法行為の損害発生地として土地管轄を認めることはできない。 ? 以上の次第で、中華人民共和国における本件外国判決の土地管轄は認められない。 4 原訴訟において被告らに対する必要な呼出しがなされていないこと 被告第二準備書面の繰り返しとなるが、民訴法118条2号の要件を充たしていると主張する当事者において、@原訴訟の開始について適式な送達がなされ、かつ、Aその送達が、被告らが実際に手続の開始を知り、実効的な防御をなしうる時期・方法で行われたことを証明する必要がある。 しかし、原告提出の甲2の添付書類では、いかなる訴状及びその翻訳文が送達されたのか一切明らかにされておらず、原告は、原訴訟の訴状送達に際し、被告らにおいて原訴訟の開始について実効的な防御をなしうる時期・方法で行われたことを証明していない。 よって、原告は、民訴法118条2号にかかる必要な証明ができていない。 5 公序良俗違反 ? 手続的公序違反 原告は、手続的公序とは防御の機会が与えられていることである旨主張するが、このような原告の解釈は、何ら根拠のない独自の解釈であり、失当である。 ? 実体的公序違反 ア 被告らの主張は、本件外国判決が懲罰的賠償であることを前提とするものではない。本件外国判決の如く多額の損害賠償請求を認めることは、懲罰的損害賠償を認めることに類するものであるところ、かかる懲罰的損害賠償を認めた判決は、我が国の実体的公序に反するものであることを説明したにすぎない。 イ 原告は、プロ野球選手やアナウンサー等に対する名誉毀損事件の慰謝料を例示するが、これらの裁判例にかかる被害者は、いずれも著名人であり、報道が流布された範囲も広く、よって、社会的評価の低下も大きかったと考えられる。裁判例も「名誉毀損とされた報道の内容及び表現の態様、報道が流布された範囲の広狭、報道機関の影響力の大小、被害者の職業、社会的地位、年齢、経歴等、被害者が被った現実的不利益の程度、報道の真実性の程度、事後的事情による名誉回復の度合い等、諸般の事情を考慮して個別具体的に判断されるべきものである」(東京高判平成14年3月28日、判時1778号79頁)としている。 一方、本件原告は、私人であり、原告が例示したプロ野球選手等の裁判例を比較対象とすることは全く妥当を欠いている。 ウ また、本件著作は、被告松村の研究成果を発表したものであること及び我が国においてのみ発行され原告が生活する中華人民共和国においては発行されていないことから、被告らの行為に悪質性は認められない。 エ したがって、本件外国判決の損害賠償額は著しく高額であることは明らかである。 ? 以上の次第で、本件外国判決は、我が国における公の秩序に反するものである。 6 相互の保証について ? 平成15年判決の射程について 最判昭和58年6月7日(民集37巻5号611頁、以下「昭和58年判決」という)は、民訴法118条4号の「相互の保証」につき、部分的な相互保証で足りると判断したものであると解されるところ、問題とすべき判決の種類をどこまで細分化するかは、当該判決国において、承認要件が、事件の種類(身分法上の判決か財産法上の判決か)、判決成立手続(欠席・対席など)などに従ってどのように区別されているかによるものと解される(乙第4号証644頁)。 中華人民共和国においては、外国離婚判決の承認については財産法上の判決と異なる手続・要件が用意されているが(乙第10号証(郭玉軍[黄?霆約]「中国渉外家族法における手続法上の問題」立命館法学)315号310頁以下)、財産法上の外国判決については承認要件につき細分化されていない。 したがって、平成15年判決の射程は、財産法上の判決全般に及ぶものであり、よって、当然に本件についても及ぶものである。 ? 相互の保証について 判決国の法律において外国判決を承認する旨の規定が形式的に整っていても、実際上これが守られていなければ、相互の保証ありとはいえない(乙第6号証405頁)。平成15年判決においても、中華人民共和国民訴法の法文の検討にとどまることなく、その運用状況について検討がなされている(乙第11号証、森川伸吾・国際私法判例百選[第2版]〔別冊ジュリスト210号〕230頁)。さらに、民訴法118条4号の「相互の保証」の有無についての判断基準を示した昭和58年判決及び最判平成10年4月28日(民集52巻3号853頁)においても、実際の運用状況を検討したうえで相互の保証の有無につき判断している。 そして、被告第二準備書面のとおり、中華人民共和国においては、我が国の判決が承認及び執行される余地はないのであるから、我が国と中華人民共和国との間に相互の保証は認められないとの被告らの主張は、上記学説及び各判例に何ら矛盾するものではない。 ? よって、我が国と中華人民共和国との間に相互の保証が認められないことは明白であり、原告の主張は失当である。 以上 |
平成24年(ワ)第6690号 執行判決請求事件 直送済 原 告 夏 淑 琴 被 告 株式会社展転社他1名 平成25年5月10日
東京地方裁判所民事第25部乙1A係 御 中 被告ら訴訟代理人
弁護士 高池勝彦 弁護士 荒木田修 弁護士 尾崎幸廣 弁護士 勝俣幸洋 弁護士 田中禎人 弁護士 山口達視 弁護士 辻 美紀 乙第8号証 『国際私法(第3版)』有斐閣 作成者 有斐閣 著者 神前禎 他 作成年月日 平成16年(2004年)2月29日初版 平成24年(2012年)3月30日第3版 立証趣旨 民訴法118条における「外国裁判所」の解釈において、「外国裁判所」と我が国と裁判所との同質性については実質的に判断すべきであること。 乙第9号証 『基本法コンメンタール第六版/民事執行法』 作成者 日本評論社 作成年月日 平成21年(2009年)9月 立証趣旨 我が国においては当然には執行力の承認されない外国判決について、その現在の執行力の有無を確認して執行力を付与する訴訟手続であることから、執行判決訴訟においては、請求異議訴訟において提出できる事由を主張できること。 乙第10号証 立命館法學2007年第5号 写 「中国渉外家族法における手続法上の問題」 作成者 立命館大学法学会 著者 郭 玉軍 黄 ?霆(訳) 作成年月日 平成19年(2007年) 立証趣旨 中華人民共和国においては,外国離婚判決の承認については財産法上の判決と異なる手続・要件があるが,財産法上の外国判決については承認要件につき細分化されていないこと。 乙第11号証 国際私法判例百選[第2版] [別冊ジュリスト210号] 原本 「相互の保障(2)」 作成者 有斐閣 著者 森川伸吾 作成年月日 平成24年(2012年)6月30日 立証趣旨 判決国の法律において外国判決を承認する旨の規定が形式的に整っていても,実際上これが守られていなければ,相互の保証ありとはいえないこと、中華人民共和国民訴法の法文の検討にとどまることなく,その運用状況について実質的な相互保証がないこと。 |