書評 神戸新聞読者欄(平成15年11月3日)

◆ 狩野博義 著  『小本営発表』


 戦時中の神戸を描いた妹尾河童氏のベストセラー「少年H」。同時期に神戸で少年時代を過ごしたと著者は、この本を脚色したテレビドラマを見て「不快な驚く」を覚えたという。自分が体験した事実と全く違う―。その違和感を埋めるべく、本書を書き上げた。
 小学二年のときに盧溝橋事件、六年で真珠湾攻撃が起き、著者の少年時代はそっくり戦争に飲み込まれていく。が、湾都神戸の子供らしく、中国人の級友とも親しく付き合い、勤労動員に通う電車では「英米ユーモア集」に読みふける日々。さらに消息通の知人から情報を入手、子供ながらに「大本営発表」には疑問を抱いていた、とも。
 戦時中は軍部の言うがままに勝利を信じ、暗く惨めに暮らしていた―と多くの現代人が思い込んでいる。だが半世紀前の日本人は、さほど愚かでもなかったようだ。「大本営発表」的な偏ったイメージにとらわれているのは、むしろ戦後の私たちかもしれない。
 著者は1929(昭和4)年神戸市生まれ。県立神戸一中、旧制浪速高校を経て東大卒。香料会社社長などを歴任し、現在は神奈川県で文筆活動中。著書に「ビジネス易経学」「香りの記号論」など。