『東郷平八郎』抜粋

 近代日本の歴史における世界的人物を求めるなら、その最たる一人として挙げられるべきは東郷平八郎である。

 アジア・アフリカのほとんどすべてが欧米列強の植民地属国として支配されていた19世紀中、ひとりわが国のみ明治維新を成しとげ、国家の独立を守り抜くのみならず、半世紀足らずのうちに欧米に劣らぬ近代国家として新生し得た。その間、日露戦争という民族の興亡を賭した一大戦争を遂行し、これに勝利した。日露戦争の勝利なくして近代日本はあり得ず、日露戦争をおいて近代日本の歴史を語ることは空しい。その日露戦争の勝利を決定的にしたものこそ日本海海戦であり、この海戦の劇的勝利をもたらしたものこというまでもなく東郷平八郎であった。

 日露戦争の勝利は日本の自立を確保し、その地位を磐石なものにしただけではなく、一躍わが国を世界的強国に押し上げた。またそれは、19世紀中葉より20世紀初頭にかけて頂点に達しつつあった欧米列強による非西洋諸国の植民地化を阻止するという世界史的意義を有した。日露戦争の勝利は被圧迫民族の独立ないし解放運動を促進する上に決定的影響を及ぼすが、この戦争が内外へ与えた衝撃と影響は実にはかり知れぬものがあった。

 近代日本におけるもっとも重大な歴史をあげるならば明治維新と大東亜戦争と、そしてこの日露戦争である。明治維新にはじまり大東亜戦争に終わった近代日本の歴史がちょうど中間に位置する日露戦争は、歴史を大観するなら明治維新のもたらした一結果であり、同時にまた大東亜戦争を導くに至る諸要因を生み出した一つの出発点でもあった。