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最終結論 「邪馬台国」はここにある




長浜浩明 著


四六並製  192頁

定価:1400円+税

令和2年7月20日発行


ISBN978-4-88656-509-9
C0021

『魏志』倭人伝と『日本書紀』が明かす古代日本の真実!
根拠なき思い込み、追及不足、科学的・論理的思考の欠如、持論への固執などから、長らく決着がつかなかった邪馬台国論争。
文献と考古資料を根拠に、不毛な論争に終止符を打つ!

【目次】
第一章 古代史理解のカギとは
 「邪馬臺国」か「邪馬壹国」か
 反面教師・NHKの虚偽番組から学ぶ
 邪馬台国の「謎」解決への道
 古代史理解のカギ・皇紀と実年の峻別
 古代史年表はこうなる

第二章 『魏志』倭人伝の研究概史
 初出・『日本書紀』神功皇后の条
 「神功皇后の条」への誤認
 神功皇后実在の証・七支刀
 江戸時代から戦前までの論争
 戦後の「邪馬台国論争」
 『記紀』を無視する邪馬台国纏向説
 『魏志』倭人伝=偽書説の登場
 井沢元彦氏・『逆説の日本史 古代黎明編』の誤とは
 井沢氏らの変節・九州説から畿内説へ
 安本美典氏の「論」の検証
 「卑弥呼の都」は暗くならなかった
 竹内睦奏氏、「口伝」の検証
 『日本国紀』の邪馬台国論とは?
 百田氏の『記紀』否定と狗奴国東征論
 崩壊していた「銅矛・銅鐸文化圏」論
 考古学無視・百田氏の神武東征論
 百田氏が着せた「神武天皇への濡れ衣」
 神武東征後の大和の実態
 百田氏の「応神王朝誕生説」
 なぜ「継体新王朝説」を信じたか

第三章 邪馬台国は何処にあったか
 「倭人」とは誰を指すか
 韓国人の遠い祖先は縄文人だった
 北から侵入してきた「韓民族」の祖先
 こうして「帯方郡」は成立した
 「倭人伝」はシナ正使のための文献である
 支石墓は縄文由来だった
 水田稲作の定説を覆した「菜畑遺跡」
 シナ使節は何処に留まったか
 伊都国の王墓と「平原遺跡」
 二万戸を支えた奴国の工業力
 確定している奴国までの道
 渡来人とは「里帰りした倭人」である
 考古学も証明「渡来人はホンの僅かだった」
 突然おかしくなる不弥国への道
 距離が明かす邪馬台国の位置
 『魏志』倭人伝を無視する畿内論者
 水行の実態とは
 文化人類学的推測を加えればこうなる
 邪馬台国畿内説の弱点とは
 「水行十日、陸行一月」はこう読む
 姿を表した山門地域の遺跡群
 「七万余戸あり」の意味
 理解不能な考古学者・歴史学者の解釈
 「邪馬台国」山門説は揺るがなかった

第四章 「倭人・倭国」の習俗
 倭人=日本人なる誤認
 『日本書紀』は入れ墨をどう捉えたか
 畿内説・設楽博巳氏の論理破綻
 女王国連合の対外窓口
 百済より早くから文字を書いていた!

第五章 なぜ魏に助けを求めたか
 なぜ卑弥呼は亡くなったか
 卑弥呼は何処に葬られたか

第六章 卑弥呼の死後、邪馬台国はどうなったか
 混乱から壱与の共立へ
 邪馬台国東遷説の虚妄
 吉備津彦に託した大和朝廷の方針
 吉備津彦・九州遠征の目的とは
 狗奴国(熊襲)が背いたわけ
 『旧唐書』日本 から窺い知れるその後
 なぜ、邪馬台国は「生口」を献上したか
 なぜ、倭の五王は朝貢しなかったか
 こうして再開した大和朝廷とシナとの外交

【著者略歴】
長浜浩明(ながはま ひろあき)
昭和22年群馬県太田市生まれ。同46年、東京工業大学建築学科卒。同48年、同大学院修士課程環境工学専攻修了(工学修士)。同年4月、(株)日建設計入社。爾後35年間に亘り建築の空調・衛生設備設計に従事、200余件を担当。
主な著書に『文系ウソ社会の研究』『続・文系ウソ社会の研究』『日本人ルーツの謎を解く』『古代日本「謎」の時代を解き明かす』『韓国人は何処から来たか』『新文系ウソ社会の研究』(いずれも展転社刊)『脱原発論を論破する』(東京書籍出版刊)『日本の誕生』(WAC)などがある。